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そういうやつ

全開のライブ映像を見て、またライブをやって、反省することはおおいにいいことだと思う。
しかし、みんなの反省を聞く中で、俺からすれば『小さい』って思うことが多かったことも事実。

たとえば、もっと韻をかたくしたラップができるようにこころがけるとか、フローをもっとつけたいとか、メッセージを伝えたいとか、身振り手振りをつけたいとか・・・・・
いろんな反省の仕方があると思うけど、少なくとも俺は上記のように思ったことはない。っていうかそういう考えだといつまでたってもお客さんには響かない。
ま、正直、作品作るにしてもそういうように思ってたらいい作品なんてできねーけどね。




なぜなら、それを体現する自分自身がかっこよくなければ何の意味もない。
うえのように考えてる人っていうのは結局『ラップすること』に縛られすぎてる考え方。
じゃなくて、表現者だから。ラップがかっこよければOKって考えは俺はどうかと思うぜ。5体を使って何を伝えれるか、そこに挑戦してるやつはかっこいいんだよ。情熱や自信も自然とそこに表れるしね。歌詞の意味が重要ならば、意味も無い曲を歌ってもウン万人とファンがつくマキシマムザホルモンをどう説明するのか?



で、やっぱ前回のライブ映像見ても、意識や自信ってのがオーラとして出てるわ。誰がどーのは言わないけど、そう思うね。
んで、『今回のライブよりももっとデキる』なんて言うのはやっぱ俺は無理。
っていうかそれを言いたくないから一生懸命、そこまでの自分でできることをやる、っていうかやったつもり。
今回のライブを越えるとか絶対考えない。一本一本、前回の反省を生かしてベストを見せるだけ。
自信のないステージングをする、自信のない曲をやる、自信のない自分を見せる、これは俺はやらない、死んでもやりたくないしやらない。
だから、今回ライブのMCにしてもkrmysのライブ構成にしてもたくさんの人に楽しかったって言ってもらえるのが本当にうれしい。ライブなんてンターテイメントとして機能させなければ何の意味もないよ。そしてアドバイスをもらえることもうれしい。





わからないけど、なんというか、ラップをやることに自信がある人はフリースタイルもできるし、DJすることに自信ある人はルーティンも即組めるし、そういうことだと思う。

って意味で考えた場合、前回のライブ見ててもいろんな面見ててもそうだけど、某ラッパーと某シンガーと某DJは『音楽で魅了する、エンターテイメントする』って意味ですばらしいと思った。誰とは言わないけどね。

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